垂 苻堅に上表して曰く:「臣の才 古人に非ず,禍 蕭牆に起こるを致し*1,身 嬰にして時難く,命を聖朝*2に歸す。陛下の恩の深きこと周漢,猥りに微顧の遇を叨け*3,位は列將と為り,爵は忝なくも通侯*4となり,誓ひは勠力輸誠*5に在りて,常に及ばざるを懼る。去る夏 桓沖 死を送り,一たび雲の消えるに擬せば,迴りて鄖城を討ち,俘馘*6萬計,斯に誠に陛下神算の奇にして,頗る亦た愚臣忘死の效なり。方將に桂州に馬を飲ませ*7,旌を閩會*8に懸けんとするも,圖らずも天 亂德を助け,大駕 師を班す*9。陛下 單馬 臣に奔り,臣 匪貳*10より衛り奉り,豈に陛下の聖明臣の單心の鑒とせん,皇天后土 實に亦たこれを知る。臣 詔を奉り北のかた巡り,制を長樂に受く。然るに丕外に衆心を失ひ,内に猜忌多く,臣を外庭に野次せしめ,廟に謁する*11を聽きかず。丁零 逆豎し寇して豫州に逼り,丕臣に迫りて單赴かせしめ,師程を以て限り,惟だ弊卒二千を給ふも,盡く兵杖無く,復た飛龍をして潛かに刺客と為らしむ。洛陽に至るに及び,平原公暉復た信納せず。臣 竊かに惟だ進んで淮陰功高の慮無く,退いて李廣失利の愆無く,青蠅*12有りて,白黑交亂するを懼る。丁零夷夏臣忠を以て疑われ,乃ち臣を推して盟主と為す。臣善始を受託して,令終を遂げず,泣いて西京を望み,涕を揮るいて即ち邁く。軍は石門に次り,所在雲赴,復た周武の孟津に會し,漢祖の垓下に集ふと雖も,期せざるの衆,實に甚だ有り。長樂公をして盡く衆を難に赴かせしめ,禮を以て發遣せんと欲し,而るに丕 固より匹夫の志を守り,變通の理に達せず。臣息農 故營を收集し,以て不虞に備え,而るに石越鄴城の衆を傾け,輕相にて掩襲し,兵陣いまだ交えず,越 已に首を隕とす。臣既に單車懸軫し,歸する者は雲の如く,斯れ實に天符にして,臣の力に非ず。且つ鄴は臣が國の舊都,應に即ち惠及すべく,然る後西面して制を受け,永く東藩を守り,上に陛下遇臣の意を成し,下に愚臣感報の誠を全うす。今 師を進めて鄴を圍み,并せて丕に天の時人の事を以て喩す。而して丕機運を察せず,門を杜して*13自ら守り,時に出でて戰を挑み,鋒戈しばしば交わり,飛矢の誤りて中たり,以て陛下天性の念を傷なわんことを恒に恐る。臣の此の誠,いまだ神聽を簡せず,輒ち兵を遏め鋭を止め,敢えて窮攻せず。夫れ運に推移有り,去來は常の事,惟だ陛下これを察せよ。」

(1)禍起蕭牆、内乱の意。(2)聖朝、時の王朝。(3)猥、みだりに。叨、うける。(4)通侯、徹侯が通侯となり、また列侯となる。(5)勠力輸誠、力を合わせ、誠をいたす。(6)俘馘、生け捕りと首斬り。(7)飲馬、攻める。(8)閩會、福建省と浙江省。(9)班師、撤兵する、軍をもどす。(10)匪貳、逆賊。(11)謁廟、祖廟に拝謁する。(12)青蠅、詩経小雅の篇名、誹謗中傷をいう。(13)杜門、門を閉ざす。

   堅報じて曰く:「朕不德を以て,忝なくも靈命を承け,萬邦に君臨し,三十年なり。遐方*1の幽裔,來庭せざるなし,惟だ東南の一隅,敢て王命に違ふ。朕爰に六師を奮い,恭しく天罰を行なふも,而して玄機*2不弔,王師敗績す。卿の忠誠の至りを賴り,朕が躬を輔翼し,社稷の隕ちざるは,卿の力なり。詩に云ふ:『中心これを藏せば,何れの日にかこれを忘れん』*3。方に卿に任ずるに元相を以てし,卿に爵するに郡侯を以てす,庶わくは弘く艱難を濟ひ,敬して勳烈に酬ひ,何ぞ圖らん伯夷*4 忽ち冰操を毀ち,柳惠*4 倏ち淫夫と為なるを!表の惋然たるを覽,朝士を慚する有り。卿既に本朝に容れず,匹馬にて投命し,朕則ち卿を寵するに將位を以てし,卿を禮するに上賓を以てし,任ずるに舊臣と同じくし,爵は勳輔と齊しく,歃血*5斷金*6,心を披き相付く。謂卿食椹懷音,保之偕老。豈に畜え水を覆し舟を,養ひて獸を反て害となるを意わん,悔之噬臍*7,將に何の及ぶ所や!誕言*8衆を駭かし,誇に非常に擬し,周武の事,豈に卿が人の論ずる可き所を庸する哉!失籠の鳥,羈する所を羅するに非ず;脱網の鯨,豈に制する所を罟せん!翹陸任懷,何ぞ須く聞かん也。卿の垂老を念ふも,老ひて賊と為り,生きて叛臣と為り,死して逆鬼と為り,侏張幽顯,布毒存亡,中原の士女,何痛如之!朕の暦運興喪,豈に復た卿に由らん!但だ長樂、平原 未だ立たざるの年を以て,卿に兩都に遇ひ,其の經略 未だ朕の心を稱せざるを慮り,恨む所の者 此焉而已。」

(1)遐方、遠方。(2)玄機、玄妙な道理。(3)中心藏之,何日忘之、孝経か。(4)伯夷、柳惠、伯夷・叔斉の伯夷と柳下惠。(5)歃血、誓い。(6)斷金、強固。(7)噬臍、臍をかむ。(8)誕言、でたらめな言葉。


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